正式名

メルセデスAMGペトロナスF1チーム | Mercedes-AMG Petronas F1 Team

拠点イギリス・ブラックリー
初参戦1970年
レース優勝112
選手権優勝7
チーム代表クリスチャン・トト・ウォルフ
テクニカルディレクタージェームス・アリソン
レースドライバールイス・ハミルトン
レースドライバーバルテリ・ボッタス
ソーシャルメディア

プロフィール

Hondaが即時F1撤退を発表した2008年12月、ブラックリーを拠点とするチームの将来は暗礁に乗り上げる。本田技研工業が1ポンドでの売却を決断したことから、多数の買い手候補が浮上するなど、その冬を通してさまざまなうわさがささやかれた。

新年を迎え、新たなシーズンが目前に迫った2009年3月6日、Honda Racing F1でチーム代表を務めていたロス・ブラウンがチームを買収したことを発表する。ブラウンGPと改名したチームは2009年シーズンのドライバーとしてジェンソン・バトンおよびルーベンス・バリチェロのベテランコンビを起用。エンジンサプライヤーもメルセデスに決定した。

2009年開幕戦オーストラリアGPは3月末の開催だったため、マシンのテストは非常に限られた時間の中で行われている。当然、時間的な問題もあって、多くの人々がブラウンGPの苦戦を予想していた。

しかしながら、ふたを開けてみればメルボルンではバトンがトップチェッカーを受け、バリチェロが僅差の2位でフィニッシュする大活躍。ロス・ブラウンを過小評価すべきではないという事実が証明された。初戦からの10レースで勝利は6勝を数え、コンストラクターズ選手権トップの座を守り続けて後半戦を迎える。

確かに、シーズン終盤に入るとライバルたちの激しい追い上げにあったが、ブラウンGPはシーズンを通して8勝を記録し、2位と3位で表彰台に上った回数はそれぞれ4回と3回、リタイアは2回しかなかった。この素晴らしい結果を手に、史上初の新チームによるチャンピオンシップ制覇という偉業が成し遂げられたのだ。2位のレッドブルには18.5ポイントの差をつけている。また、ドライバーズ選手権も同チームのバトンがタイトルを獲得した。

2009年11月16日、『Daimler AG(ダイムラーAG)』および『Aabar Investments PJSC(アーバル・インベストメンツ)』がチームの株式75.1%を取得、2010年からはメルセデスとしてF1に参戦することを発表した。

メルセデスの関与によってチームの歴史は豊かなものになっている。メルセデスは1950年代に伝説的なシルバーアローのマシンをもってF1に新たなレベルのプロフェッショナリズムをもたらした。ファン-マヌエル・ファンジオの手で1954年と1955年のタイトルを獲得したが、1955年のル・マン参戦時に84人の観客が亡くなる大クラッシュを引き起こしたためにメルセデスは競技の世界から身を引く。メルセデスがF1に戻ってきたのは1994年、イルモアが組み立てたエンジンをザウバーに供給する形でのことで、ここからマクラーレンとの成功に満ちた時代へとつながっていく。2010年はメルセデスと並んでマクラーレン、フォース・インディアがメルセデスエンジンを使用した。

チーム代表はブラウンGP時代から継続してブラウンが務め、ドライバーにはミハエル・シューマッハとニコ・ロズベルグのドイツ人コンビが起用される。シューマッハは2006年にいったんは引退生活を過ごす決断を下したものの、メルセデスと共に再びモータースポーツ最高峰の世界に戻ってきた。王者シューマッハの復帰には高い期待が寄せられたが、若きチームメイトが大先輩を上回ることが多く、チームをランキング4位に導いた結果も3度表彰台に上ったロズベルグによるところが大きい。

コンビ2年目の2011年にはシューマッハに復調の兆しが見え、2人の差はかなり縮まった。だが、両者とも表彰台に上ることはかなわず、チームのポジションは相変わらず4位のまま。

2012年のメルセデスは予選で強力なパフォーマンスを示す。決勝になればずるずると後退してしまう面があったとはいえ、第3戦中国GPではロズベルグが新生メルセデスの初勝利をポール・トゥ・ウインで飾った。シューマッハも第8戦ヨーロッパGPで復帰後初の表彰台フィニッシュを果たす。しかし、この年をもってシューマッハは再び引退の道を選び、非常勤会長としてチームに加わったニキ・ラウダがシューマッハの後釜としてルイス・ハミルトンをメルセデスへ引き入れた。また、首脳陣にはウィリアムズからクリスチャン・トト・ウォルフも加わっている。

グリッド最強のドライバーラインアップと自負するロズベルグとハミルトンのコンビで挑んだ2013年、メルセデスはレッドブルという圧倒的強者の後方ながら善戦を繰り返す。予選の強さを生かしてロズベルグが2勝、ハミルトンが1勝を挙げてランキング2位につけた。個別の得点数ではハミルトンがロズベルグを上回っている。

2014年にV6ターボ時代が始まるやいなや、メルセデスが強力なシャシーとパワーユニットを備えていることが明らかになり、シーズン最多勝利記録を塗り替える19戦中16勝という圧倒的な成績でチーム初のコンストラクターズ選手権優勝を達成した。ドライバーズ選手権ではハミルトンがロズベルグを抑えてタイトルを獲得している。

翌年は宿敵フェラーリが力を盛り返しながらも、やはりメルセデス優勢は変わらず。第13戦シンガポールGPで一時的にパフォーマンスが落ち込んだものの、続く日本GPからは再びメルセデスが他を圧するようになり、第15戦ロシアGP終了時点で2年連続のコンストラクターズ選手権制覇を決めた。特に前年度チャンピオンのハミルトンが僚友ロズベルグをしのぐパフォーマンスを発揮し、ドライバーズチャンピオンシップでもハミルトンが第16戦US GPで2年連続の優勝を確定。しかしながら、終盤戦には2人の立場が逆転し、ラスト6戦のすべてでポールポジションを獲得したロズベルグが3連勝でシーズンを締めくくった。

まったく異なるライフスタイルを有しながらも拮抗(きっこう)する速さを備えた2人はメルセデス躍進の原動力である一方、チーム内に危うい緊張感をもたらしており、それはメルセデスが引き続き頭一つ抜けたパフォーマンスを発揮した2016年も同じことだった。第5戦スペインGPでは同士討ちによってメルセデスドライバーの双方がリタイアを喫しており、この一件と第16戦マレーシアGPで先頭を走っていたハミルトンのエンジントラブルがなければ、2016年の21戦全てでシルバーアローが優勝を飾っていたはずだ。さらに、2人は第9戦オーストリアGPのファイナルラップでも接触している。ただし、選手権争いの様相は前年とは異なり、ハミルトンとロズベルグ、いずれのドライバーがチャンピオンになってもおかしくない状況がシーズン終盤まで続いた。メルセデスがコンストラクターズ選手権3連覇を決めた第17戦日本GPでロズベルグ優勢がかなり強まった後もハミルトンの抗戦は続き、最終的にはシーズンフィナーレのアブダビGPでロズベルグが初の戴冠を遂げている。

翌年もロズベルグ対ハミルトンの接戦が期待されたメルセデスだが、チャンピオンになるという夢を達成したロズベルグはF1引退を決意。後任候補としてはさまざまなドライバーがうわさされたものの、最終的にはウィリアムズからバルテリ・ボッタスが引き抜かれた。真面目で堅実なボッタスと情熱的で直情的なハミルトンという対照的な新コンビで迎えた2017年は、前年までとは違ってフェラーリが大きなライバルとなってメルセデスの前に立ちふさがる。それでも一枚上手だったのはメルセデスの方であり、コンストラクターズ選手権では新加入のボッタスの活躍もあってシーズン第7戦カナダGP以降で首位をキープした。ドライバーズ選手権では後半戦のアジアラウンドでハミルトンがフェラーリのセバスチャン・ベッテルを引き離し、メルセデスが3戦を残してチームのタイトルを決めた翌週にドライバーの王座も手にしている。シーズン第19戦ブラジルGPでチームバスが強盗に襲われるというアクシデントに見舞われながらも、コース上では4年連続で成功を収めた。

前年と同じドライバーラインアップで挑んだ2018年、メルセデスは開幕からフェラーリに2連勝されリードを許すことになる。第4戦アゼルバイジャンGPでハミルトンがシーズン初優勝してからようやく波に乗り、第8戦フランスGPまでフェラーリに対してランキングのリードを保つ。しかし第9戦オーストリアGPで2台ともマシントラブルでリタイアするとフェラーリに形勢を逆転される。この頃からメルセデスのマシンが前年ほどフェラーリに対してアドバンテージがないことが明らかになり、トト・ウォルフは危機感を募らせる。しかし第11戦ドイツGPでハミルトンが予選14番手から優勝、チームとしてもシーズン2度目の1-2フィニッシュを決めたのがターニングポイントとなり、徐々にフェラーリとの差を広げていき、第20戦ブラジルGPでコンストラクターズタイトルを獲得、5連覇を達成した。とはいえ、チーフレースエンジニアのジェームス・アリソンが「自分たちが勝てるのか分からずにレースに臨んでいたし、ライバルが打ちのめしてくるのかどうか見当もつかなかった」と語ったように、レース中の戦略面での混乱や、ボッタスが未勝利に終わるなど、チームとして楽観視できるシーズンではなかった。

2019年、プレシーズンテストではライバルのフェラーリが好調なタイムを出し、メルセデスは劣勢が予想された。ところが開幕戦のオーストラリアGPではハミルトンがポールポジションを獲得、チームとして1-2フィニッシュを決めると、第5戦スペインGPまで5連続1-2フィニッシュという強さを見せつけた。その後のレースでも勝利を重ね、開幕から8連勝でライバルチームを一気に突き放す。風向きが変わったのは第11戦ドイツGPだ。チームとしてF1参戦200戦目を地元で迎え、特別なカラーリングをマシンに施し、クルーもレトロなコスチュームで作業するなど、お祝いムードでレースに臨んだ。ところが雨によりレースは荒れた展開となり、ハミルトンは9位、一時はトップを走っていたボッタスはクラッシュによるリタイアを喫し、このシーズンで最悪のレースとなる。シーズン中盤以降はフェラーリが速さを取り戻したこともあり、苦戦するレースが続いた。それでも両ドライバーは上位でフィニッシュして確実にポイントを積み重ね、第17戦日本GPでコンストラクターズタイトルを獲得し、フェラーリの持つ6連覇の記録に並んだ。シーズンが終わってみれば21戦中15勝と、またもやライバルを寄せ付けない強さを見せた1年だった。

前年とほぼ同じ体制で臨んだ2020年のシーズン、メルセデスにとってライバルであったフェラーリがマシン開発に失敗し、レッドブルとの戦いになった。しかし、マシンの速さやチームの総合力に加え、王者ハミルトンを擁するメルセデスがレッドブルを圧倒。開幕戦オーストリアGPでボッタスが勝利したのを皮切りに、ハミルトンが3連勝する。第4戦イギリスGPにおいては、ハミルトンの左フロントタイヤがファイナルラップでパンクし、スロー走行を強いられるというアクシデントが発生したが、2番手から猛追するフェルスタッペンを振り切ってトップを死守した。第8戦イタリアGPではハミルトンがペナルティで勝利を逃すものの、そこから7連勝を果たし、第13戦エミリア・ロマーニャGPで史上初のコンストラクターズタイトル7連覇を達成。第16戦サヒールGPでは新型コロナウィルス感染症にかかったハミルトンに代わってウィリアムズのジョージ・ラッセルを起用した。このレースでラッセルは予選2番手からトップに立ってレースをリードするも、ピットストップのトラブルやパンクにより初勝利を逃している。結局17戦中ポールポジション15回、13勝とメルセデスの支配的状況に変化はなかった。

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