正式名

スクーデリア・アルファタウリ・ホンダ | Scuderia AlphaTauri Honda

拠点イタリア・ファエンツァ
初参戦1985年
レース優勝2
選手権優勝0
チーム代表フランツ・トスト
テクニカルディレクタージョディ・エギントン
レースドライバーピエール・ガスリー
レースドライバー角田裕毅
ソーシャルメディア

プロフィール

レッドブルのイタリア語訳である”Toro Rosso(トロ・ロッソ)”を名乗っていたチームは、2019年にアルファタウリへとその名を改めた。トロ・ロッソはレッドブルのオーナーであるディートリッヒ・マテシッツが2005年にポール・ストッダートからイタリアのミナルディを買収して立ち上げられたチームだ。マテシッツは元F1ドライバーのゲルハルト・ベルガーと共同所有する形をとっていたが、2008年にはマテシッツがチームの全株を取得している。

デビューイヤーとなった2006年はポジティブな1年を過ごす。レッドブルの2005年型マシンRB1に酷似したトロ・ロッソの初代マシンには、回転数を制限したコスワースV10エンジンが搭載され、シーズン終盤にはレースでも予選でもシニアチームのレッドブルをしのぐ活躍を見せた。アメリカGPでビタントニオ・リウッツィが8位に入り、チームの初ポイントをもたらしている。

2007年シーズン、トロ・ロッソはレッドブルの契約を引き継いでフェラーリV8エンジンを搭載するも、序盤10戦では2台あわせてリタイア13回という数字を残す。スケープゴートにされたアメリカ人ドライバーのスコット・スピードがシーズン半ばにして解雇され、後任としてセバスチャン・ベッテルが加わった。小規模の改良を施したトロ・ロッソは中国GPでダブル入賞を果たし、シーズンを通して合計8ポイントを獲得している。

2008年のドライバーラインアップにはベッテルとチャンプカーで4連覇を達成したセバスチャン・ボーデを起用。シーズン序盤は4戦連続リタイアと散々な結果だったベッテルだが、STR3パッケージが投入されたモナコGPから大きく躍進する。同シーズンのハイライトはベッテルが初のポールポジション獲得と初優勝の快挙を成し遂げたイタリアGPだ。一方のボーデは厳しい1年を過ごしたものの、4点を手にしてチームのチャンピオンシップ6位という結果に貢献している。

ボーデが残留し、ルーキーのセバスチャン・ブエミをパートナーに据えた2009年も、トロ・ロッソにとってはスロースタートとなった。苦戦にあえぐボーデは9戦を終えてチームを離脱。19歳の新人ハイメ・アルグエルスアリがF1史上最年少(当時)でレースに出走することになる。信頼性を維持しながらもペースが足りなかったトロ・ロッソはチャンピオンシップを最下位で終えたが、それでも貴重な8点のコンストラクターズポイントを刻んだ。

レッドブルの姉妹チームとしてマシン開発では実質的に”姉”頼りだったトロ・ロッソだが、2010年からは”真のコンストラクター”として独立した開発体制を整える。ブエミとアルグエルスアリの走りで獲得したポイントは前年よりもわずかに増えたが、ランキングでは同年にF1参入を果たした新規3チームを抑えるにとどまった。

それでも少しずつ前進を続けたチームは2011年に同じコンビで41ポイントを積み上げる。チームにとって記念すべき100戦目となった第11戦ハンガリーGPではトロ・ロッソドライバーがダブル入賞を果たした。それにもかかわらず、このシーズンの終わりをもってトロ・ロッソはブエミとアルグエルスアリの放出を決定し、育成ドライバーの中からHRTで経験を積ませたダニエル・リカルドをレースドライバーとして呼び戻す。チームメイトには同じくレッドブルのプログラムに所属するジャン-エリック・ベルヌが選ばれた。

しかし、2012年に2人を待っていたのは厳しい現実だった。競争力が落ち込んだトロ・ロッソで新人コンビは苦戦を強いられ、最初の2戦で6ポイントを上げた後は第3戦中国GPから第11戦ハンガリーGPまで無得点の状態が続いた。後半戦では改善が見え、最終的に26ポイント、9位という成績でシーズンを締めくくっている。

2013年にはよりコンスタントに得点を集め、第7戦カナダGPではベルヌがチームのシーズンベストリザルトである6位入賞を達成。ただし、前年度とは逆にドライバーズチャンピオンシップで上を行ったのはリカルドの方であり、マーク・ウェバー離脱によるレッドブルの空きシートを手にしたのもリカルドだった。

2014年もチームに残留したベルヌのチームメイトには、弱冠19歳のダニール・クビアトが起用される。2人はV6新時代の初戦でダブル入賞を飾ったが、強力なメルセデスエンジン勢になかなか太刀打ちできず、トップ10に食い込むのがやっとというところ。シーズン第13戦シンガポールGPではベルヌがこの年のチームベストリザルトである6位を記録した。続く日本GPでベッテルのレッドブル離脱が明らかになり、それに伴ってクビアトが1年でレッドブルに昇格することが決まった。

トロ・ロッソは3シーズンを共に過ごしたベルヌにも別れを告げ、2015年シーズンのドライバーとして17歳のマックス・フェルスタッペンと20歳のカルロス・サインツのルーキーコンビをチョイスする。2人の年齢を足しても37歳という若さにF1界は騒然とし、開幕を前に一部でトロ・ロッソの決断に疑問の声が上がった。いざ戦いがスタートすると、ルノーエンジンの信頼性およびパワー不足に苦しめられ、時には新人らしいミスを犯しながらも、フェルスタッペンとサインツは目に見える結果をもって周囲を納得させていく。第10戦ハンガリーGPと第16戦US GPではフェルスタッペンが4位に入り、表彰台も決して夢ではないことを示した。この年はルノーエンジンのパワー不足にしびれを切らしたレッドブルがF1撤退をちらつかせ、翌年の参戦体制が不明のままエンジンサプライヤーの決定を待たされる形になったトロ・ロッソだが、12月になって新シーズンは2015年型フェラーリエンジンを使用することを発表している。

2016年はフェルスタッペンとサインツというラインアップを継続したものの、レッドブルが第4戦ロシアGP終了時点でダニール・クビアトをトロ・ロッソに戻すことを決め、その代役としてフェルスタッペンがレッドブルに移籍。以降はクビアトがサインツのチームメイトを務めるも、クビアトが古巣で調子を取り戻すまでは大苦戦が続いた。また、シーズンが進むにつれて1年落ちのパワーユニットを使用する影響が強く出るようになり、高く評価された仕上がりのシャシーをもってしてもパワー不足が補えなくなるように。結果として不満の多い一年ではあったが、若手の実力派であることを証明したサインツがポイントゲッターとなり、トロ・ロッソは前年と同じランキング7位で2016年を終えた。

2017年はクビアトとサインツという布陣を変えずにスタートしたものの、シーズンが終わるまでにチームは大きな変貌(へんぼう)を遂げている。シートの維持を願うクビアトがわずか4ポイントで前半戦を折り返したのに対し、チームの主な得点源となったサインツはレッドブル昇格がかなわなければ移籍も選択肢だとほのめかすという状況で、トロ・ロッソの未来図についてはさまざまな憶測が流れていた。事態が大きく動いたのは9月。シーズン末をもってマクラーレンとHondaが提携を解消し、2018年からトロ・ロッソがホンダエンジンを使用することになり、この動きに伴ってサインツが新シーズンからルノーに移籍することが決まったのだ。これで空席が少なくとも一つできることが確定したトロ・ロッソは、シーズン第15戦マレーシアGPと第16戦日本GPでクビアトに代えてレッドブルのジュニアドライバーであるピエール・ガスリーをサインツのチームメイトに起用する。その後、チームはサインツを早期リリースでルノーへと送り出し、ガスリーが出場する全日本スーパーフォーミュラ選手権と日程が衝突するシーズン第17戦US GPにはクビアトとブレンドン・ハートレーというコンビで臨んだ。そんな紆余曲折を経てトロ・ロッソが最終的に選んだのはガスリーとハートレーというフレッシュなラインアップであり、クビアトはUS GP後にレッドブルのプログラムから脱退。クビアトにとっては残念な結果となったが、常に新たな才能を発掘しようとするトロ・ロッソらしい選択でもあった。新人2人がドライブしたラスト3戦でコンストラクターズチャンピオンシップ6位からは転落してしまったものの、新時代を担うドライバーたちに実戦という最高の経験を積ませた上で、トロ・ロッソは新たな時代へと突入した。

2018年、トロ・ロッソは新たにHondaのワークスPUを搭載。ドライバーも初めてのフル参戦となるガスリーとハートレーを組み合わせ、さらにはチーム名を「レッドブル・トロ・ロッソ」に変更して新体制でスタートする。チーム初となるワークス体制であり、Hondaと共同でマシンを作り上げた。プレシーズンテストでは多くの周回を走り込み信頼性の向上をうかがわせた。第2戦バーレーンGPではガスリーが予選6番手、決勝で4位という好成績をたたき出し、周囲を驚かせるとともにシーズンに大きな期待を持たせた。しかし、ガスリーが第6戦モナコGPで7位、第12戦ハンガリーGPで6位に入るものの、それ以外のレースでは思うような結果を残せない。ドライバーのミスや接触、マシンの熟成不足や積極的なPUコンポーネントの交換によるグリッド降格ペナルティなどがその原因とされた。加えて不運な側面はあるもののハートレーのパフォーマンス低迷が目立ち、シーズン中盤からは放出のうわさが流れるようになる。コンストラクターズランキングではルノーとHondaのPUを交換する形になったマクラーレンについていくことができず、さらにシーズン終盤に調子を上げてきたザウバーに逆転され、ランキング9位に終わった。

2019年、トロ・ロッソはフェラーリの開発ドライバーだったダニール・クビアトと、ルーキーのアレックス・アルボンを起用し、さらにはレッドブルのマシンと部品の共通化を図ってシーズンに挑んだ。開幕戦オーストラリアGPではクビアトが10位入賞。第2戦バーレーンGPではアルボンが9位入賞。そして、第6戦モナコGPではダブル入賞を果たして、シーズン序盤は中団グループで競争力のある戦いを見せた。その後のレースでは下位に沈み、ノーポイントが続く。しかし、天候の荒れたレースとなった第11戦ドイツGPではクビアトが冷静な走りで順位を上げて、3位でゴール。チームとして2008年以来となる表彰台を獲得し、アルボンも6位に入って5戦ぶりのダブル入賞を果たす。サマーブレークに入ると、レッドブルで不振だったピエール・ガスリーとアルボンの交代が発表された。後半戦では古巣に戻ったガスリーが調子を上げてポイントを次々に獲得。第20戦ブラジルGPではピット戦略が功を奏し、2位表彰台に上る。終わってみれば、トロ・ロッソはチーム最高位となる6位でこのシーズンを締めくくった。チーム代表のフランツ・トストは「最も成功を収めたシーズン」と2019年を振り返っている。

2020年シーズン、チームは名称をレッドブルのファッションブランドの名を冠したアルファタウリに変更し、マシンのカラーリングも一新。シーズン序盤はガスリーが開幕戦オーストリアGPと第4戦イギリスGPで7位を記録した一方で、クビアトは主に予選が振わなかったせいで2度の10位入賞にとどまった。第8戦イタリアGPではガスリーを早めにタイヤ交換させたことが功を奏し、その直後に出たセーフティカーにより3位にジャンプアップしたガスリーは、さらにオーバーテイクやレースリーダーであるルイス・ハミルトン(メルセデス)のペナルティによる後退などで順位を上げ、キャリア初優勝を遂げる。チームとして12年ぶりとなる優勝だった。このレースではクビアトも9位に入り、シーズン初のダブル入賞を飾っている。シーズン後半はマシンの競争力も向上し、第13戦エミリア・ロマーニャGPでは予選でガスリーが4番手(レースはマシントラブルによりリタイア)、レースでクビアトが4位に入った。なお、この年はフェラーリがマシン開発の失敗で中団グループに沈み、アルファタウリはフェラーリ勢とランキング争いをしている。前年より1つ下げたランキング7位で終えたこのシーズンだが、ポイントではトロ・ロッソ時代も含めて最多の107ポイントを獲得。シーズン終了後、アルファタウリは2021年に向けてクビアトに代わり角田裕毅を起用することを発表した。