キミ・ライコネン

Kimi Raikkonen

出身フィンランド
生年月日1979年10月17日 (41歳)
参戦342
ポイント1864
優勝21
表彰台103
ソーシャルメディア
F1戦績
チームランキング
2001ザウバー10位
2002マクラーレン6位
2003マクラーレン2位
2004マクラーレン7位
2005マクラーレン2位
2006マクラーレン5位
2007フェラーリ1位
2008フェラーリ3位
2009フェラーリ6位
2012ロータス3位
2013ロータス5位
2014フェラーリ12位
2015フェラーリ4位
2016フェラーリ6位
2017フェラーリ4位
2018フェラーリ3位
2019アルファロメオ・レーシング12位
2020アルファロメオ・レーシング16位
2021アルファロメオ・レーシング-

プロフィール

キミ・ライコネンは10歳の頃から地元フィンランドに限らず、さまざまなカートレースに参加して経験を積んでいった。

カートを卒業し、本格的にレース活動を始めたのは1999年から。その年、フォーミュラ・ルノーでヘイウッド・レーシングから4レースの参戦を果たし、デビュー戦でいきなり3 位を獲得している。惜しくも、その後3戦はテクニカルトラブルが発生し、リタイアに終わった。この年はまた、フォーミュラ・フォード・ユーロ・カップにも参戦して総合5位を獲得。そしてマノー・モータースポーツからフォーミュラ・ルノー・ウィンター・シリーズにも参戦、4戦4勝という輝かしい成績でチャンピオンを決めた。

2000年には、同じマノー・チームからブリティッシュ・ルノー選手権に参戦。ここでは10戦中7勝を挙げ、いとも簡単にタイトルを獲得してしまったのだ。しかも、すべてのレースで表彰台に上り、さらに6回のポールポジションと、7回のファステストラップを記録している。この年はヨーロッパ・フォーミュラ・ルノー選手権にも参戦し、3戦2勝、ポールポジション2回、ファステストラップ2回を達成。ここまでのレース出走回数は23回で、ライコネンは何と、そのうちの半分以上、13レースで優勝を飾っているのだ。そんな中、F1ザウバー・チームのボス、ペーター・ザウバーはいち早くこの若者に興味を示した。

そして、ザウバーからライコネンの2001年のF1参戦が発表される。しかし、F3やF3000を飛び越えて、F1にステップアップすることは前代未聞。 FIA(国際自動車連盟)はライコネンのF1ドライバーとしての技量を計るため、テストの機会を設けることでスーパーライセンスの発行を検討したのだ。その結果、ライコネンの確実なパフォーマンスから、スーパーライセンスは特別に暫定扱いとして発行された。2000年9月、ヘレス・サーキットでテスト走行が実施され、初めてF1マシンのステアリングを握ったライコネン。3カ月後にはバルセロナ・サーキットでもマシンをドライブしている。

デビューシーズンとなった2001年は開幕戦でいきなりの入賞を果たすなど、素晴らしいパフォーマンスを発揮。そして、ザウバー・チーム創設以来の好成績となるコンストラクターズランキング4位獲得に大きく貢献した。F1デビューに至るまでの周囲の声は否定的であったものの、力強い走りでライコネンは一気にこれまでの否定的な声を払拭したのだ。そして、2002年のレース活動休止を決めたミカ・ハッキネンの後任として、わずかデビュー2年目にしてトップチームであるマクラーレンからレギュラードライバーに抜てきされた。

マクラーレンに移籍を果たした2002年シーズンも、やはりライコネンは素晴らしいパフォーマンスを披露し続ける。予選では、経験豊富なチームメイトのデビッド・クルサードと、すでに渡り合うだけの速さも見せた。この年のフランスGPで、早くもライコネンに初優勝のチャンスが訪れる。残り数周までレースをリードし、勝利は目前だった。しかし、残念ながら、他のドライバーが撒いたオイルに足下をすくわれ、結局ミハエル・シューマッハ(フェラーリ)に勝利を奪われてしまったのである。

2003年、ついにライコネンのポテンシャルが開花した。マレーシアGPで初勝利を飾り、さらにミハエル・シューマッハとのチャンピオンシップ争いを最終戦まで競ったのだ。

マクラーレン・メルセデスは2004年を新車MP4-19でスタートしたが、マシンの力不足は明らかだった。ライコネンはメカニカルトラブルからリタイアが相次ぎ、モチベーションが下がってしまったのも、うなずけるような状態だった。しかし、シーズン中盤でBスペックが投入されてからは順調にポイントを獲得している。

チームメイトのクルサードはシーズン序盤から信頼性だけは見せていたものの、チームメイト同士で争うまでには至らなかった。2004年、ライコネンはベルギーGPで1勝を挙げたが、ドライバーズランキングは7位にとどまった。

ライコネンとマクラーレンの2005年は”完全復活”の年に位置づけられるだろう。タイトル争いではフェルナンド・アロンソ(ルノー)に敗れたものの、マクラーレンのポテンシャルはメルセデスエンジンの信頼性を除けば、素晴らしかった。ライコネンは新チームメイトのファン-パブロ・モントーヤをリードし、コース上では大きなミスを犯すことなく、シーズン通算7勝をマークしている。

マクラーレンの好調が継続され、タイトルに挑戦することができると信じたライコネンは2006年も同チームにとどまった。しかし、ライコネンにとっての 2006年は勝利すら挙げられないという、タフなシーズンになった。ライコネンと同程度のスピードを見せていたファン-パブロ・モントーヤが、シーズン終了を待たずしてチーム離脱したという出来事も起きている。

2007年はライコネンにとって大きな転換の年となった。フェラーリのミハエル・シューマッハが引退し、そのシートをライコネンが手にしたのだ。シューマッハは誰にも真似できない素晴らしい偉業を達成してきたが、2002年に自らの手で証明したように、ライコネンは挑戦を恐れるドライバーではない。

2007年開幕戦オーストラリアGPを制したライコネンは、フェラーリと共に素晴らしいシーズンスタートを切った。その後、フランス、ドイツ、ベルギー、中国で優勝を飾ったライコネンは、この年の最終戦ブラジルGPに挑む。チャンピオンシップリーダーだったルイス・ハミルトンが5位以内でフィニッシュすれば王者獲得という中、ライコネンのチャンピオンの可能性は限りなく低かった。しかし、ハミルトンがトラブルに見舞われるなどしたこともあり、徐々に風向きはライコネンに向かう。そして、最終的にブラジルGPを制したライコネンが2007年のワールドチャンピオンに輝いたのだ。

世界王者の称号を手に挑んだ2008年シーズン、ライコネンの活躍が予想されたものの、失望のシーズンとなった。序盤4戦で2勝を挙げたことはディフェンディングチャンピオンとして素晴らしいスタートだったが、4月のスペインGP優勝が同シーズン最後の勝利となってしまった。マニクールでのフランスGPで不運に泣いたほか、モントリオールではシーズン王者に輝いたルイス・ハミルトン(マクラーレン)にピットレーン出口で追突されて戦線離脱。しかしながら、チームメイトのフェリペ・マッサに後れをとり、ポールポジション獲得も2回だけという予選がライコネンにとっては主な問題だった。ベルギーGPでクラッシュを喫してリタイアしたライコネンは以降、フェラーリのナンバー2の役目を担い、シーズン終盤5戦はマッサのサポートにまわっている。

モチベーション低下がささやかれながらもフェラーリと2010年までの契約を結んでいたライコネンだったが、チームは2009年9月にフェルナンド・アロンソの加入を発表。ライコネンは1年の契約を残してチームを去ることとなり、フェラーリから2,500万ドルの支払いを受けつつラリーの世界で第2のキャリアをスタートさせた。しかしながらラリーへの情熱が結果に結びつくことはなく、NASCAR参戦の後にF1復帰の意志を示した。

ロータス、ウィリアムズと交渉に入ったライコネンは最終的にロータスと合意に至り、同チームを率いて2012年シーズンに挑む。予測はさまざまだったがライコネンはひたすら自身の仕事に集中し、20戦中19戦でポイントを獲得。シーズン中盤にはあと一歩のところで優勝に届かないレースも多かったものの、アブダビGPで4番手スタートからトップでチェッカーを受け、ついに復帰後初優勝を達成した。

ライコネンのレースに対する情熱に投げかけられていた疑問の声は消え去り、F1グリッドでも最も高く評価されるドライバーの一人として迎えた2013年、開幕戦オーストラリアGPで優勝したライコネンは安定した成績を残し、マーク・ウェバーのレッドブル離脱の決断により2014年のセバスチャン・ベッテルのチームメイトとして有力視される。レッドブルへの移籍は実現しなかったものの、2013年9月にはフェルナンド・アロンソのチームメイトとしてフェラーリに戻ることが発表され、F1界を驚かせた。その後、シーズンのラスト2戦は背中の手術のために欠場している。

2014年のフェラ-リ復帰は多くの関心を引き、アロンソとの激しいバトルにファンの期待は高まった。しかし、F14 Tの競争力が不足していたのに加え、フロントエンドのグリップ不足に苦戦するライコネンがアロンソに匹敵することはなかった。決勝レースでライコネンがアロンソのリザルトを上回ったのはシーズンが始まって12戦目のこと。この年のランキングはキャリア最低の12位に沈んでいる。

2015年もフェラーリに残留したライコネンは友人のセバスチャン・ベッテルを新チームメイトに迎えた。フェラーリのパワーユニット改善の効果もあり、ライコネンは第4戦バーレーンGPで2位表彰台に上ったほか、第13戦シンガポールGPと最終戦アブダビGPで3位フィニッシュを遂げている。しかし、チーム全体を見れば新加入したベッテルの活躍の方が目立ち、ライコネンは僚友に100ポイント以上の差をつけられてランキング4位に終わった。

コンビ継続で臨んだ2016年は結果としてランキングでベッテルを下回ったものの、2人のポイント差は大幅に縮まり、表彰台に上る数も増えた。この年記録した5回の表彰台フィニッシュはチームの苦戦が顕著ではなかった前半戦に集中しており、後半戦のマシントラブルやピットミスがなければもっと良い結果を残していただろう。ラスト4レースでは全ての予選でチームメイトを上回るポジションにつけている。同年の復調の理由について、ライコネンは細部に気を配って正確に合わせていく考え方を大事にした結果だと述べた。フェラーリは早くも7月の段階でライコネンとの契約延長を発表しており、クールな態度と単刀直入な発言が魅力であるベテランドライバーのキャリアは2017年に15シーズン目へ突入した。

大幅なレギュレーション変更が行われた2017年はフェラーリがメルセデスに匹敵するペースを見せ始めるも、ライコネンにはどこかかみ合わないレースが続き、第6戦モナコGPでは9年ぶりのポールポジションを獲得したにもかかわらず、未勝利のまま1年を終えている。表彰台フィニッシュは7回で、ドライバーズチャンピオンシップは4位で締めくくった。メルセデスのルイス・ハミルトンと王座を懸けて争った僚友に比べるとやはり見劣りのするシーズンだったが、フェラーリは8月にライコネンと2018年の契約を締結。チームには両選手権を制するだけの要素がそろっているというのがその理由だ。

ベッテルとのコンビも4年目を迎えた2018年シーズン、前年同様にレースでの優勝には届かないものの、前半戦はコンスタントに表彰台を獲得し、第12戦ハンガリーGP終了時点で8回表彰台に上っている。シーズン後半では第14戦イタリアGPでポールポジションを獲得、第18戦アメリカGPでは、2013年オーストラリアGP以来となる優勝を果たした。5年ぶりの勝利について聞かれ、「さあ、分からない。僕にとってはそんな大ごとじゃないんだ」と淡々と語った。2019年に向けて、フェラーリがザウバーのシャルル・ルクレールを昇格させることを決定したため、ライコネンは自身がF1デビューを果たしたザウバーと契約を結んだ。引退の噂もある中、2019年に40歳を迎えるライコネンは「週末の中で僕が一番楽しんでいるのはレースなんだ。僕らがここにいる理由はそれだよ」と語った。

移籍の先のザウバーのチーム名がアルファロメオ・レーシングとなり、心機一転で臨んだ2019年シーズン、ライコネンは開幕戦オーストラリアGPで8位入賞、序盤のフライアウェイを4戦連続入賞で終える。しかし、その後はマシンの競争力不足もあり入賞からほど遠いレースを強いられた。第8戦フランスGPから調子が戻り、中団グループで熱い戦いを繰り広げコンスタントに入賞するも、シーズンを折り返すと再び失速、苦戦が続いた。終盤の第20戦ブラジルGPでは8番グリッドから4位でフィニッシュ、これがシーズンのベストリザルトとなった。ポイントではルーキーのチームメイト、アントニオ・ジョビナッツィに大差をつけて健在ぶりを示し、F1キャリア17年目となるシーズンをランキング12位で締めくくっている。

2020年シーズンのライコネンは、アルファロメオの相対的な競争力の低下のため苦しむことになった。開幕戦オーストリアGPはマシントラブルによりリタイア。第2戦シュタイアーマルクGPは入賞まであと一歩の11位だった。ライコネンは第9戦トスカーナGPを9位でフィニッシュし、ようやくシーズン初ポイントを獲得する。第12戦ポルトガルGPでは、16番グリッドからのスタートで10台を次々とパスし、7番手でオープニングラップを終えるという印象的な走りも見せた。最終的にライコネンはランキング16位でシーズンを終えている。なお、ライコネンはこの年の第11戦アイフェルGPで323戦目のスタートを切り、これまでルーベンス・バリチェロが保持していたF1最多出走記録を更新。2001年にザウバーからデビューし、2年間F1から離れていた時期を除いて18年かけて達成した偉業だ。

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